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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)2851号 判決

原告

伊藤昌昇

被告

杉田征雄

ほか一名

主文

一、被告杉田征雄は原告に対し、金四四万二、七〇六円およびこれに対する昭和四二年一〇月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告杉田征雄に対するその余の請求を棄却する。

三、原告の被告株式会社池田ベニヤ商行に対する請求を棄却する。

四、訴訟費用は原告と被告杉田征雄との間に生じたものはこれを二分し、その一を原告、その余を同被告の各負担とし、原告と被告株式会社池田ベニヤ商行との間に生じたものはこれを原告の負担とする。

五、この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、申立

原告訴訟代理人は「被告両名は、各自、原告に対し、金一八六万五、一三二円、および、これに対する昭和四二年一〇月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告両名の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告両名訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求原因

一、本件交通事故の発生

(イ)  日時 昭和四一年六月一七日午後二時ごろ

(ロ)  場所 愛知県豊橋市下地町瀬上交差点附近

(ハ)  加害の模様

原告運転の原動機付自転車カブ号(以下被害車という。)が前記交差点を横断し北進して間もなく、被告株式会社池田ベニヤ商行(以下被告会社という)の従業員である被告杉田が運転する、被告会社保有の普通四輪貨物自動車(三河4そ二、六八七―以下加害車という。)に追越された時、加害車左部に接触されて原告は転倒し負傷した。右は被告杉田の前方注視義務違反によるものである。

(ニ)  負傷の程度

顔面挫創、頭部外傷、頭部外傷後遺症

昭和四一年六月一八日より八日間入院し、退院後も同四二年九月七日まで通院治療したが、現在なお、頭痛、めまいが激しく脳波に異常が認められる。

二、損害

(イ)  入院治療費

豊橋市民病院 六万四、三四五円

城山病院 二、一九五円

合計 六万六、五四〇円

(ロ)  営業上の損害

(A) 得べかりし利益

原告は牛乳販売業者であるが、昭和四一年六月一八日より同四二年三月二六日まで二八二日間後遺症等により外交方面の営業に従事できなかつた。原告が一日外交をすれば平均一〇本の牛乳が新規に獲得できたものである。牛乳業界では新規に牛乳一本を獲得すると三〇〇円の権利金がつくとして取引されている。また、その他一本の売上利益は六円八〇銭であるので、その得べかりし利益は、

三〇〇円×一〇本×二八二日=八四万六、〇〇〇円

六円八〇銭×一〇本×二八二日=一万九、一七六円

合計 八六万五、一七六円

(B) クロレラブレット獲得権利金 二五万五、〇〇〇円

クロレラブレット販売によるその利益 九万〇、三一六円

合計 三四万五、三一六円

(C) 臨時配達人夫賃 八万八、一〇〇円

(ハ)  慰藉料

原告は本件事故で現在に至るまで前記のごとき後遺症を残しているが、これを慰藉するには五〇万円をもつて相当とする。

第三、被告両名の主張

一、請求原因第一項の事実のうち、(イ)、(ロ)の事実および、(ハ)のうち原告が被害車に乗車し、(ロ)の交差点を横断して間もなく、転倒した事実は認めるが、その余の請求原因事実は争う。

二、本件事故は被告杉田の過失に基づくものではない。即ち、

(イ)  本件事故の発生した道路の幅員は、一五米あり、その中心部九米が舗装されており、左右三米は未舗装でかなり凹凸のある砂利道であつた。特に、舗装と未舗装の境界部分は路面に高低凹凸が顕著であつた。

被告杉田は交差点を信号に従い直進し、右舗装部分の中心線より左側を直進した。

(ロ)  加害車の幅は一・八五米あり、被害車の幅は六〇数センチあるので、原告が舗装部分の左端において加害車と併進することは極めて困難である。原告は徐行するか、道路の未舗装部分を走行すべきである。

(ハ)  しかるに、原告は右舗装部分の左側を加害車と併進した。そのため、原告のカブは舗装と未舗装の境の高低凸凹の激しいところに乗り入れ、ハンドルの操作の自由を失い、カブを左右に動揺させたため、原告が転倒したものである。

(ニ)  以上のように、本件事故は原告自らが運転を誤つたもので加害車が接触したものではなく、被告杉田に過失はない。

三、被告杉田は、当時訴外寺島慎吾(以下寺島という)に雇傭されていたものである。加害車は寺島が豊橋プリンス自動車株式会社から月賦で買い入れていたものである。従つて、被告会社は被告杉田を雇傭していたこともなく、加害車の保有者でも運行供用者でもない。

四、過失相殺の主張

仮りに、加害車が被害車に接触したため本件事故が発生したとしても、前記のとおり、本件事故は原告の重大な過失を主たる原因とするものであるから、過失相殺されるべきである。

五、損益相殺

原告は本件事故により、自動車損害賠償責任保険から三〇万円の給付を受けている。

第四、被告両名の主張に対する原告の答弁

被告両名の主張の事実第五項は認める。

第五、証拠〔略〕

理由

一、原告の請求原因第一項の事実のうち(イ)(ロ)および(ハ)のうち原告が被害車に乗車し、(ロ)の交差点を横断して間もなく、同人が転倒した事実については、当事者間に争いがない。

二、被告杉田の責任

〔証拠略〕を総合すると、本件事故は被告杉田が加害車を運転して時速約三〇キロメートルで進行中、反対方向から進行して来る自動車に気をとられて自車左前方に対する注視を怠つていたため、自車の左前方を同方向に進行する原告運転の被害車に気付かず、原告の右側直近を追い抜き進行した過失により、加害車の荷台左外側に取りつけてあつたロープを被害車の右側バックミラーに接触させて原告を路上に転倒させたことにより発生したことが認められ、前掲証拠中右認定に反する部分は信用できない。

三、原告の過失の有無

本件事故が被告杉田の過失により発生したことは前項に説示したとおりであり、本件事故の発生につき原告にも過失があつたとの被告らの主張事実は本件全証拠によるもこれを証するに足りない。

四、被告会社の責任

〔証拠略〕によると次のような事実が認められる。

(一)  寺島は数年前から豊橋市新本町二四番地に「池田ベニヤ商行豊橋店」という名称でベニヤ等の仕入販売業を営んでいたが、同人が以前被告会社に約五年間勤務していた関係から、同人が独立して右の営業を開始するについて被告会社から被告会社の名称と酷似した右のような名称を使用することを許されるとともに店舗を借受るに際してその敷金を負担してもらい、かつ被告会社々長の助言により被告会社の監査役である増田昌巳から時折り経理関係の指導を受け、また被告会社から商品を仕入れる等被告会社の助力を仰ぎ、被告会社もこれに協力してきたものである。

(二)  被告杉田はもと株式会社モチズキ商行の従業員であつたが昭和四一年六月一五日、同社の取締役でもあつた前記増田昌巳の紹介で寺島に雇傭され商品の配達・整理等の業務に従事していた。

(三)  「池田ベニヤ商行豊橋店」が被告会社から仕入れていた商品は同店の全取扱高の約一割程度にすぎなかつた。

(四)  加害車の所有者、強制保険契約者はいずれも寺島であつた。

(五)  寺島は前記のように被告会社から助力を得てはいたが、資金面、営業面で援助、指揮等を受けることはなかつた。

以上のように認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は前掲の各証拠に照し措信できず、他に右認定を左右する証拠はない。

ところで自動車損害賠償保障法三条により損害賠償責任を負う者は当該自動車の運行について支配を有し、かつ運行による利益を受けている者をいい、そのような地位にあるかどうかは当該自動車の事故当時における運行を基準として決定されなければならないものと解すべきである。

これを本件についてみるに、被告会社が寺島に対し、前示のような便宜を与えていたのは右同人がもと被告会社の従業員であつたという人的な関係から積極的に同人の営業の発展のために助力を与えてきたもので、これにより利益を得ていたのは、専ら寺島自身であり、また寺島の営業内容、加害車の所有名義・強制保険の契約者、被告会社の助言の内容・程度、納品の程度等前示のような事実関係の下においてはこれを抽象的・客観的にみるも被告会社に加害車の運行による支配・利益が帰属し、あるいは帰属しうる地位にあつたということはできない。

また信頼関係を基調とする取引関係にあつては右のような事実関係を信頼した者を保護すべきことは当然のことであるが、交通事故のように偶発的・不可測的な場合にこの理を適用することはできないものと解すべきである。

その他被告会社の責任を肯認するにたりる理由を見出しえないから、原告の被告会社に対する請求は失当であるといわざるを得ない。

五、〔証拠略〕を総合すると、原告は本件事故の日の翌日豊橋市民病院において、顔面挫創、頭部打撲と診断され、約一カ月後に八日間入院し、退院後も同四三年一月二二日まで同病院・愛知県立城山病院・国立豊橋病院などへ通院治療(実治療日数五九日間)したが、現在もなお他覚的所見は見られないものの、耳鳴、頭痛などの自覚症状があることが認められる。

六、損害

(一)  入院治療費

〔証拠略〕を総合すれば原告は前示傷害のため豊橋市民病院に六万四、三四五円、城山病院に二、一九五円、国立豊橋病院に二、一四四円、合計六万八、六八四円の治療費を要したことが認められる。

(二)  営業上の損害

(1)  逸失利益

〔証拠略〕によると次のような事実が認められる。

(イ) 原告は妻とともに昭和四〇年五月ころから共同乳業株式会社の販売店として牛乳・乳製品の販売をする他乳酸菌飲料の販売業を兼ねてきた。

(ロ) 本件事故当時、牛乳については新規獲得一本につき三〇〇円の権利金、販売一本につき六円八〇銭の手数料を、乳酸菌飲料については新規獲得一本につき一〇〇円の権利金、販売一本につき三円の手数料を得ていたが、当時販売獲得競争が激しく、新規に獲得する一方、今まで受配していた者がやめることもあり、新規獲得本数に比べて販売数の伸びは悪く、また新規獲得した分についても一カ月だけの受配でやめる者が約八割もあつた。

(ハ) 本件事故当時原告は配達・新規獲得の面を担当し、妻に配達の一部を担当させていたが、本件事故による前記受傷のため、事故当日から昭和四二年一月末ころまでほとんど労働できず、その間臨時の配達員を雇つたため配達面の支障はなかつたが、新規獲得の方については少くとも牛乳につき一日平均五本、乳酸菌飲料につき五本の新規獲得ができなかつた(なお原告はその間全く新規獲得ができなかつたというが、前記のように販売競争が激しく、今まで受配していたものがやめることが多かつたにもかかわらず、事故当時と比べ特に目立つて販売本数が減つたと認められないこと―〔証拠略〕―、乳酸菌飲料について事故後に増加している月があること―〔証拠略〕―に照らすと措信しえない)。

(ニ) 原告の営業に要する経費は約五割であつた。

以上のように認められ、前掲証拠中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右する証拠はない。

右事実によれば原告は本件事故のため新規獲得分四五万八、〇〇〇円(牛乳につき三四万三、五〇〇円、乳酸菌飲料につき一一万四、五〇〇円)、およびそれらの一カ月分(獲得の日の翌日から一カ月間配達するものとする)三一万三、八四五円(牛乳につき二一万七、七七〇円、乳酸菌飲料につき九万六、〇七五円)以上合計七七万一、八四五円の営業収入を得られなかつたものと認められるが、これから営業に要する経費五割を控除した三八万五、九二二円が損害となる。

(2)  臨時配達人夫賃

〔証拠略〕によると、原告は前示のように自己が労働できなかつた間臨時の配達員を雇い、これに合計八万八、一〇〇円の支払をしたことが認められる。

(三)  慰藉料

本件事故の態様、原告の受傷の部位・程度・治療経過その他本件弁論にあらわれた諸般の事情を斟酌すると原告の慰藉料は二〇万円が相当である。

七、損益相殺

原告が本件事故に関して自動車損害賠償責任保険金三〇万円を受領したことは当事者間に争いがないからこれを前項の損害の合計額から控除する。

八、結論

以上の次第で原告の本訴請求は被告杉田に対し四四万二、七〇六円およびこれに対する遅滞の後である昭和四二年一〇月一四日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲内で理由があるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求を棄却し、被告会社に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言については同法一九六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 西川力一 高橋一之 村田長生)

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